株式会社の仕組み ①議決権
はじめに
これから数回にわたって、現代における経済活動の主役である株式会社の基本的な仕組みについて考えてみたいと思います。具体的には、①議決権、②会社の設立と資金調達、③利益の計算と剰余金、④配当の支払い、⑤株式の売買と株価、⑥倒産、といったテーマを順番にとりあげる予定です。
日本であれば「会社法」という法律が株式会社に関する基本的なルールを定めていますが、ルールの体系や内容は国によって当然異なります。したがって、以下では日本のルールに厳密に従うというよりも、株式会社という「仕組み」の理解を優先して議論をすすめていくことにします。
株式会社
株式会社とは「株式」を発行して資金を調達している会社(=企業)のことです。そして、株式を保有している人を「株主」といいます。ちなみに、「株式」あるいは「株式会社」は、人類が発明した中で最も優れたものの1つとも言われています。実際、株式会社の登場によって不特定多数の人からたくさんのお金を集めることが可能になった結果、多くの企業が誕生、成長し、巨大な産業を作り上げてきました。世界的にみても、業態を問わず有名な企業のほとんどは株式会社という形態です。普段あまり意識することはありませんが、このことは株式会社という「仕組み」がいかに優れたものであるかを物語っています。
株主と経営
株式会社が発行する株式にはいくつかの特徴がありますが、議決権が付いている、つまり、株主には経営への参加権あるいは決定権があるという話からはじめましょう。
株式会社の意思決定は、基本的に株主の多数決で行われます。そして株主は議決権を「1株につき1票」与えられます。選挙であれば「1人1票」が原則ですが、株式会社では保有する株式の数に応じて議決権を持ちます。資本主義の世界なので、「1人ひとりの株主」を平等に扱うのではなく、「1株当たりの権利」を平等に扱うのが基本と考えてください。このため、株式をたくさん持っている人の声が経営に反映されやすいことになります。
しかし、会社の規模が大きくなると株主の数も多くなるのが一般的です。すべての意思決定をそのつど株主の多数決で決めることは現実的ではありません。このため、株主は経営を専門に行う人を経営陣(取締役や役員と呼ばれる人たち)として選任し、経営戦略の作成や実行を任せることになります。このように普段の経営は経営陣に任せながら、「自分たち(株主)に決めさせてほしい」と思うような重要な事項については株主が集まる株主総会の多数決で決定する、というのが株式会社の基本的な構造です。
日本の場合、大学を卒業して入社した人が何十年か経って社長になるケースも多いため、責任の範囲、給料、部下の数が違うだけで、社長というポジションも新入社員のキャリアの延長線上にあるように思われるかもしれませんが、株式会社の経営陣というのは文字通り「選ばれた」存在というわけです。もちろん社内競争に勝ち抜いた人だけが社長や取締役になるわけではありません。会社の外部から経営の専門家として呼ばれる人もいます。また、株主自らが経営を担うケース、つまり、「株主=経営者」のケースもあります。例えば、起業したばかりの会社であればその方が自然でしょう。会社の規模や成長のステージによっても状況は異なるということです。
議決権
重要な事項の意思決定は株主による多数決が原則ですが、特に重要な事項は過半数(50%)よりも多い3分の2以上の同意(特別決議)が必要というルールもあります。他の企業との合併のように、ビジネスの根幹にかかわるような決定は株主にとって特に影響が大きいので、過半数よりも多くの賛同を求めるべきという考え方です。
このようなルールがある場合、結果として3分の2でも50%でもなく、3分の1の株式を保有することが大きな意味を持つことになります。
例えば、Aさんがある会社の3分の1を超える34%の株式を保有しているとします。そうすると、Aさん1人が反対すれば、Aさん以外のすべての株主が賛成に回っても全体の3分の2以上の票を集めることが不可能になります。つまり、保有比率が3分の1に達すれば、会社にとって特に重要な事項について「他の株主の意向に関係なく必ず否決できる力=拒否権」という非常に大きな影響力を持つことができるのです。多数決(過半数)が原則の世界でありながら、特定の株主の株式保有比率が3分の1を超えたことがニュースとしてとりあげられるのはこれが主な理由です。
しかし、一般の個人投資家のように保有する比率が極めて小さい場合には、議決権を持っていることに伴うメリットは実感しにくいかもしれません。例えば10億株の株式を発行しているような大規模な企業の株式を100株だけ持っていても、議決権全体に占める割合はごく僅かです。この場合、経営方針に自らの意見を積極的に反映させることは難しいので、他の金融商品と同じように受け身の立場で投資のリターン(株価の上昇や配当など)を追求することになります。各種の株主優待(商品の割引など)も個人株主にとっては大切な要素かもしれません。
とはいえ、少額の株式投資でも議決権の価値を実感できるような場面もあります。企業買収(M&A)などの場面で、買収を試みる企業が、買収のターゲット(X社)の株主に対して「X社の株式の市場価格は現在1株10,000円ですが、当社はそれに20%上乗せした12,000円で買い取ります」といった提案をするケースがあります。この上乗せ分は「プレミアム」と呼ばれます。
プレミアムを払ってまで買いたい理由はいろいろあると思いますが、多くの場合、自分たちが経営権を握れば業績を改善する自信があるということでしょう。成長によって将来的にX社の企業価値を十分に上げることができれば多少のプレミアムを払っても投資としてペイする、つまり採算がとれるからです。こういう場面では買い手にとってX社の議決権こそが重要なので、提示されたプレミアムというかたちで少額投資の株主もその価値を実感することができます。

